考え方・価値観

きっちり計量するより大切なこと

きっちり計量することが正しいのか

料理人と同じように、パティシエもチームで仕事を職業です。私もたくさんのパティシエと一緒に仕事をしてきましたが、いつも納得できないことがありました。

「正確に計量すること」

です。お菓子作りの本にも「材料はきっちり計量しましょう」と書かれていますし、ケーキ屋さんの現場でも「計量」は最初に覚えるとても大切な仕事です。お菓子のできあがりも変わりますし、食材原価にも影響します。

他にも、パティシエの仕事はものさしで長さを測ってケーキをカットしたりと、とにかく正確性が求められます。それゆえ、パティシエは神経質なイメージをもたれることもよくあります。

お菓子作りの初心者であれば、計量や計測をしっかりすることが大事です。けれど、ある程度熟練したパティシエが計量に固執しているのを目にすると、私には惰性のように思えることが度々ありました。

食材の旬の中にも変化がある

日本の農業技術は素晴らしく、フルーツも糖度が安定していますし、高い水準の農作物が市場に並びます。それでも、相手は自然です。いつも同じ味なはずがありません。

日本には四季があり、野菜や果物には「旬」があります。味のよい食べ頃を意味する「旬」の中にも、野菜では「走り(はしり)」「盛り(さかり)」「名残(なごり)」と呼ばれる状態があり、短い期間の中で変化します。

「走り」は食材が店頭に並び始めた頃で、みずみずしく導管が細いので、水分が多く繊維が柔らかく感じます。
「盛り」は味も香りもまさに旬を迎えるころです。風味も味わいも濃厚になってきます。
「名残り」になると野菜などは皮が張って水分は減りますが、本来の個性が一番際立つ時期でもあります。この微妙な違いを楽しんで特性を活かすこともまた、パティシエとしての醍醐味だと感じています。

果物の味が違うのに、砂糖の量は同じでいいのでしょうか。水分量が違うのに、小麦粉や卵の量は同じでいいのでしょうか。作物だけではありません。缶から開けたての紅茶の香りと、開封してから日が経った茶葉の香りは同じでしょうか。私は全く別物に感じます。さらに言えば、夏と冬ではたとえ冷暖房で室温が同じだとしても、湿度はまるで違います。同じケーキを作るのに、同じ焼き加減で良いとはとても思えません。

自分の味覚や嗅覚を鍛えることも大切

キャリアの大半をレストランで過ごしたことは、私にとって本当に貴重で、そして有意義な経験でした。料理人の働く姿勢から「柔軟性」を学べたからです。食材も環境も日々移り変わるなかで同じものを作るには、微細な変化を感じ取り、調節する力が必要なのだと痛感しました。

「100年変わらない伝統の味」と謳う老舗の味は、時代に合わせて100年間少しずつ変えてきたということです。食材の味や人々の嗜好は、間違いなく100年前と違うのですから。

その日の食材の状態、食べてもらいたい相手によって、レシピ通りに計量することだけでなく、自分自身の味覚を鍛え、経験値を増やしていく。きっちり計量することを身に着けたあとの考え方の話ですが、本当に大切なことだと思っています。私がお菓子作りに一切飽きることが無いのは、いつも同じようにはいかない面白さがあるからです。

料理よりもお菓子作りの方が化学反応をより熟知する必要があるので、その点での計量は必要です。そのあたりの考察はまたの機会に書こうと思います。

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