考え方・価値観

鮮やかに広がった黄色の世界

香りにこだわったスイーツ研究のきっかけ

私が香りとスイーツの可能性について考え始めたのは、あるシェフからの依頼がきっかけでした。以前の職場で、シェフがフレッシュのカモミールの花を持ってきました。これを使ってコース料理のデザートに使うアイスクリームを作って欲しいと。それまではハーブティーで使う乾燥したものしか見たことがありませんでした。

パックで淹れたカモミールティーに対しても、特に印象は残っていなかったので「カモミールの花でスイーツを作ろう」なんて考えたことがありませんでした。ジャーマンカモミールは白くて小さな可憐な花です。中心が黄色くてぽっこり盛り上がっています。

沸騰したお湯に入れて煮出していると、甘く優雅で、でも目の覚めるような香りがしたのを覚えています。これは面白いものができると、ワクワクしました。

香りを移す「アンフュゼ(infuser)」という技法

私のベースになっている知識や技術は、洋菓子のなかでもフランス菓子です。その中で私が好んでよく使う技法が「アンフュゼ」。熱湯に浸すなどして、素材の香りをソース等に移すテクニックです。洋菓子ではよく、牛乳や生クリームに香りを移します。油分があるものに香りを抽出したほうが、口に含んだときに香りをより強く感じるからです。

ただ、香りの抽出量は水の方が多く溶け出すものもあります。シェフから渡せれたフレッシュのカモミールは、少量のお湯に香りを移してから牛乳を足して、さらに香りを移しました。またアイスクリームには通常、卵黄が入ります。それによってコクと深みを出すのですが、卵の風味がカモミールの香りを邪魔しないように、最少量に抑えることにしました。

香りで人は感動する

アイスクリームのベースは、一晩冷蔵庫で休ませます。「安定する」という言い方をするのですが、バラバラの素材が調和するのに時間も必要です。

翌日、アイスクリームマシンに入れてスタート。口に含んだときに、香りがふわっと広がるようにしたかったので、空気を含みやすい温度に調節してから、ベースをマシンに入れるのもポイントです。

出来上がったものを口に含んだ瞬間。乳脂肪などの油分は体温で溶けて、中に閉じ込められていた香りが一気に揮発します。口の中から喉を通ってゆっくりと鼻から抜けていきます。そして目の前に鮮やかな黄色のイメージが広がったのです!

口の中のアイスがすべて流れ込んだあとも、心地よい余韻がまだ残っていました。香りはこんなに人の心を魅了するのか、そう気付いた瞬間でした。

これだけこだわっておきながら、このアイスは今回のデザートの脇役。主役は初夏の短い期間しか食べれない「枇杷」でした。瑞々しく花の香りが似合う使うフルーツです。

[コンポートした枇杷とハーブの餅、カモミールのアイス]

2014年、私に大きな体験を与えてくれたデザートでした。

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